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山陽新聞夕刊  夕刊エッセー  4面(文化・エンタメ)  

「でっかい女」 (岡山県エッセイストクラブ会員  久本恵子)  2011
年1月20日(木)掲載

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山陽新聞夕刊  夕刊エッセー
「でっかい女」

 「身長はおいくら」
 よく育ったものだと感心するらしく、私と初対面の人からは、必ずこう聞かれる。

 隠すつもりもないので、はっきりと「一七三aあります」と答える。すると、「あら、
まあまあ、そんなに。それは大きいはずねえ」と決まり文句が返ってくる。

 結婚して、子どもにも恵まれ、今や五十代に入って、この身長の高さは
どうってこともない、というものになった。しかし、若いころは違った。特に思春期
世代には、自分の身長が同級生と比べて頭一つ飛びぬけて高いことに、身の
すくむ思いだった。小学校を卒業するころには、母親を追い越して、一六四a。
元々父方の家系の女性に背が高い人が多かったそうだ。父の身長も高い。
そんな先祖の血をそのまま受け継いだらしい。

 あのころ、好きになった男子は、ことごとく私より背が低かった。世間とか芸能界
では、お似合いの男女の身長差というものがあるようで、規格外の私は、辛い
思いをした。告白してカップルになることは遠い夢だった。

 そんな辛さを紛らわすように、私は、外国の映画や、外国人俳優のファンになって
いった。彼らなら、私と並んでもちょうどよいではないか。有名な女優のオードリー・
ヘプバーンの身長が一七○aと聞いたときは、心底驚いた。映画「ローマの休日」で、
相手役のグレゴリー・ペックと、とても素敵な二人だった。これ、これ。日本人ではだめだ。
背の高い外国人がいい。そんな単純な理由で、小学校高学年から中学校にかけての
憧れの職業は通訳。もちろん英語の成績は無視しての憧れである。

 一体いつごろから、猫背にならずに歩けるようになったのだろう。

 年ごろになって、私より背の低い男性から好意を持たれたこともあったりして、段々
気にならなくなっていた。自分より背の高い私をあえて好きになってくれる人は、男尊女卑
とはほど遠い、柔らかな感性の持ち主だったろうか。素直にうれしかった。身長の差は気に
ならなくなっていた。

 その後、たまたま私より身長の高い男性と恋愛結婚をしたが、彼もそんな思想の持ち主
だったようだ。自分の力ではどうにもならないことで、人を差別してはならないということが、
どれほど品格の必要な尊いことか。人並外れて背が高いことだけで、意地悪な視線を浴びたり、
「でっかい女、変だ」とばかにされ、からかわれた思いを散々した私だからこそ、そう強く感じるのかも
しれない。

   
                                                 久本 恵子