トップページへ
毎日新聞 朝刊(岡山版) 22面
岡山県エッセイスト・クラブ リレーエッセイ 窓(6) 「白木蓮(はくもくれん)」
2011年6月11日(土)掲載
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
毎日新聞 リレーエッセイ 窓
「白木蓮」
結婚前から会社勤めを続けていた私は、初めて妊娠した時、つわりが軽く、体調もよいことを過信して、
特に用心もせず大きな腹でくるくると動き回っていた。そのうち、時々下腹が張って硬くなるような違和感を
覚えることがあった。横になって休んでいると楽になり、張りは徐々に消える。何回かそういう経験をしていて、
少し不安に思っていた。
会社の給湯室でお茶当番の時、そのことを先輩ママ社員にぽろっともらすと、「下腹の張りはよくないよ。
赤ちゃんに悪いと思うから、早くお医者さんに行って診てもらいなさい」と言われた。季節は3月、妊娠7カ月
になっていた。
私は、言われたとおり、とりあえず診てもらおうと軽い気持ちで、会社の帰り、かかりつけの産婦人科医院
に立ち寄った。すると、早産の危険性が高いから直ちに入院するようにと言われた。いわゆる切迫早産である。
びっくりした。すぐに頭に浮かんだことは、「産前休暇より早く会社を休むと、会社に迷惑をかける」ということだった。
しかし院長先生に説得され、入院を決めた。
切迫早産の入院患者は、入院中何もすることがない。私は、予定日の6月を無事に迎えるまで安静にして
おくしかなかった。切迫早産の治療の基本は安静と薬物療法。子宮筋弛緩剤の点滴治療があったかもしれ
ないが、あまり記憶にない。覚えていることは、とにかくじっと産院のベッドに寝ていたこと。
若かった私は、この安静がすごく苦痛だった。夫は、仕事の帰り、頻繁に見舞いに来てくれたが、家のことが気
になり、このまま一緒に家に帰りたいと思い、時には涙を流した。
病室の窓から見える中庭には白木蓮(ハクモクレン)が植えられてあった。
院長先生の奥さんが慰めてくれた。「そんなにしょげないで。ほんのちょっとの辛抱よ。ほら、白木蓮の真っ白な花
が満開できれいに咲いているでしょ。もし、赤ちゃんがだめだったら、来年からは辛くて、この花を見ることができなくなるよ」と。
その言葉を胸に1カ月程の安静に耐えて退院した。もう自宅療養で大丈夫でしょうと、お許しが出たのだ。
白木蓮の花も終わった6月、予定日を3日過ぎて無事、女の子を出産した。
その娘は今は24歳となり、大阪で一人暮らしをしながら元気に働いている。
久本 恵子